働き方改革が叫ばれて数年が経過し、リモートワークや時短勤務、テクノロジー活用など、多くの施策やソリューションを導入する企業が増えている。
しかし、働き方改革には、「生産性向上」「社員の幸福の実現」「人生100年時代の大人の学び」など、多くの意味が含まれており、各社の解釈にも違いがある。
そんななか、経営戦略として「働き方改革」を位置づける日本マイクロソフトは、ドラスティックな改革によって大きな結果を出している。
2019年12月10日(火)に東京・虎ノ門ヒルズフォーラムで開催された「Next Culture Summit」では、マイクロソフトがグローバルで行ってきたカルチャー変革に始まる、日本マイクロソフトの取り組み事例を紹介。
後半では、「未来のWorkstyle」がつくり出す企業競争力、その先の未来にある従業員の幸福についてセッションを実施。
日本マイクロソフトの石田圭志氏と山本築氏、アジア最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」オーガナイザーで&Co., Ltd代表取締役の横石崇氏によるパネルディスカッションの様子をリポートする。
ミッションの再定義とカルチャーの浸透
石田 「すべてのデスクとすべての家庭に1台のコンピューターを」
これは、ビル・ゲイツとポール・アレンが1975年にマイクロソフトを創業した際に掲げていたミッションです。
いまや、120を超える国・地域でビジネスを展開し、全世界で従業員数は14万人、売り上げ規模は11兆円。――創業時のミッションはすでに達成した企業であり、そこからどうカルチャーを作り直すのかが組織の大きな課題でした。
企業規模が大きくなるにつれ、全社共通のカルチャーは薄れ、部門間のコミュニケーションがほとんどなくなり、それぞれが独立した会社のような縦割り組織になった。
同じ部署内でも銃を突きつけ合っている風刺イラストで、マイクロソフトの組織を批判されたこともありました。
そのカルチャー変革のきっかけになったのが、2014年のサティア・ナデラのCEO就任です。
サティアがまず行ったのは、ミッションの再定義とマイクロソフトが共通で持つべきカルチャーの浸透でした。
「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」という壮大なミッションと、それを実現するための「グロースマインドセット(Growth Mindset)」という言葉が、マイクロソフトの新たな共通言語になったのです。
グロースマインドセットとは、失敗を学びの機会ととらえ、進化や変化を恐れず学び成長し続けること。
そして、それをカルチャーとして定着させるために「常にお客様を第一に考える」「ダイバーシティ&インクルージョン」「One Microsoft」の3フレーズを、サティアは社内外のイベントに登壇するたびに繰り返し説明していったのです。
いまや「グロースマインドセット」は、社内で繰り返し使われる言葉になり、あらゆる施策やサービスがそれに基づいているかを軸に考えられています。
ビジネススタイルと評価制度を一新
では、このカルチャーを具体的にどう浸透させていったのか。
Linuxとの連携を大々的に進めたことは、この変革を象徴しています。競合との連携を進めることは、それまで自分たちだけで強い製品を作ることに注力していたマイクロソフトのカルチャーからは考えられないことでした。
それを積極的に世に発信したことで、「サティアがマイクロソフトをここまで変えようとしている」という強いメッセージが、従業員に一気に広がりました。
外部のテクノロジーの力を活用し、協業しながら価値ある製品を提供していこうと、アライアンスやコラボレーション重視のカルチャーへ大きく舵を切ったのです。
さらに、ビジネス面でWindows 10は大きな転換となりました。
「OSを数年おきにバージョンアップするのではなく、クラウドを介して進化をし続ける、つまり、もう新しいOSはリリースしない」というメッセージを打ち出したことで、ビジネスがなくなるのかと社内に衝撃が走りました。
背景にあったのは、産業構造の変化です。クラウドビジネスの事業規模が拡大し、開発サイクルが短期化する中、他社が提供できていないイノベーションを、より早く出すことが求められるようになりました。
今後はまったく新しい視点でビジネスをとらえなくてはいけない。これまでにないビジネスインパクトは、一人の力に依存した組織カルチャーでは生み出せなくなっていったのです。
こうして、評価軸は「チーム」を重視したものへと一新され、クラウドツールの活用によって部門間横断のコミュニケーションが広がっていきました。
評価制度の刷新は、カルチャー変革によってもっとも大きく変わったことの一つです。
従来のマイクロソフトは、個人の成果や数字に基づいて評価する会社でした。
従業員はおのずと、自分の成果を最優先に仕事をするようになり、結果として「お客様の方を向いていない」として多くの批判も受けてきました。
サティアが新たに示したのは「インパクトによる評価をしよう」という方針。
「個人の成果」に加え、「他者の成功への貢献」「他者の知見の活用」の3軸が評価項目となり、周りをどれだけ巻き込み、チームワークによるインパクトを与えられたか、自分の成功事例をどれだけ周りに還元したかも見られるようになった。
こうして、自分の部門組織だけではなく会社全体を見る「One Microsoft」のマインドが、少しずつ浸透していったのです。
テクノロジー活用で生産性を高める
グローバルの抜本的なカルチャー変革は、日本マイクロソフトの働き方改革を加速させていきました。
そのベースとなったのは「経営、制度、ICT環境、オフィス環境、カルチャー」の5つの観点から、働き方改革を推し進める考え方です。
2007年に在宅勤務制度がスタートし、2011年には、品川本社への移転に伴ってペーパーレスとフリーアドレスを実施。
その他制度の整備によって、女性離職率や事業生産性、ワークライフバランスの改善など一定の成果が出ました。
しかし、グローバルから生産性の低さをたびたび指摘されていました。海外拠点と何が違うのか。定量的に分析を進めると驚きの数字が出ました。
時間に換算すると週に4時間。これはつまり、年間で240時間、営業日にして25~30日間をメールや会議に費やしているということ。この時間を短縮できれば、成長の加速につながるはずです。
その課題意識から、最新のテクノロジーを業務効率化に、より積極的に活用していこうと、ICT環境、カルチャー面の変革が動き出しました。
2019年8月には「週勤4日&週休3日」トライアルを軸とした「ワークライフチョイスチャレンジ2019夏」を実施。
たとえば、チームで成果を出すためのグループチャットツール「Microsoft Teams」を活用し、会議のルールの見直しを図りました。
「会議時間は30分、人数は最大5人、Teamsでの参加を前提とする」としたことで、物理的な場所にとらわれない働き方が進んだのです。
ほかにも、自身の業務の棚卸しをする社内ツール「Connect」を使った、年3~4回の1on1ミーティングを実施。
目標設定に対してどれくらい達成できているか、チームワークのインパクトをどう生み出しているかをConnectにアップデートし、上司と1時間のディスカッションを行うように。
また2週間に1度、日々の進捗(しんちょく)やキャリアについて話す1on1ミーティングも推奨されており、リモートワークでの仕事の情報共有がごく当たり前の光景になりました。
最初は「金曜日をすべて休みにして自分のやりたいことに使う」となれば、どれだけの生産性や創造力の向上を目指せるのか現場から不安の声が聞こえていたものの、最終的には94%の従業員が「チャレンジしてよかった」と回答する結果になりました。
多様な働き方へのニーズが見えたこのチャレンジは、今後の働き方改革、生産性の追求、従業員満足度の向上に向けて、一つの羅針盤になるのではないかと期待しています。
CEOが粘り強く発信し続ける
横石 「ワークライフチョイスチャレンジ2019夏」はメディアにも数多く取り上げられ、その成果に注目が集まりましたね。
石田 海外メディアでも取り上げられたのには驚きました。1カ月間の取り組みで、従業員にどんな意識変革が起きたのか、今も分析を進めているところですが、さまざまな結果が出ています。
横石 サティア氏の就任後、「ミッション」と「カルチャー」を変革されていますが、「ビジョン」については明記されていません。そこに理由はあるのでしょうか。
石田 120もの国でいろんな価値観を持った人が、常に変化を求められる環境で働いています。だから普遍的なミッションを浸透させたいサティアの思いがあったのでしょう。
ただ、最初に「地球上のすべての個人とすべての組織」という、対象の壮大なミッションを聞いたときは戸惑いました(笑)。
それでも、事業再編を推し進めるサティアの行動から、意味するものを理解していきましたね。
また、職場の人間関係や働く環境を意味する「企業風土」ではなく、業績を上げていくためのプロセスや仕組みを意味する「企業文化」、いわゆる「カルチャー」を変革するということにも、サティアの強い意志と姿勢を感じました。
横石 カルチャー変革は、大企業になればなるほど難しい課題になります。変革を目の当たりにしてきた石田さんから見て「カルチャーをつくっていく」ために必要なものは何でしょうか。
石田 CEO自ら、繰り返し語り続けた功績は大きかったと思います。
サティアが従業員に向けて講演する際も、会場のパワーポイントには常に「Growth Mindset」や「One Microsoft」などシンプルなメッセージが表示され続けていて。
粘り強く言い続けることが大事なのだと実感しましたね。
横石 まさに地道こそが近道、ですね。
ミレニアル世代の働き方が社会を変える
横石 カルチャー変革、働き方改革の推進において、日本マイクロソフトでは社内外の枠を超えた連携も行っているそうですね。
山本 そうなんです。ミレニアル世代(2000年代に社会人になった世代)の活用に取り組もうと、異業種の10社と連携した働き方推進コミュニティ「MINDS(Millennial Innovation for the Next Diverse Society)」を2019年1月に立ち上げました。
活動理念は「多様性のある働き方を日本社会に浸透させ、すべての個人が自分らしく働く社会を実現する」こと。
この世代ならではの新しい発想で働き方改革を考え、政府や経済団体への提言を目指しています。
横石 働き方改革によって、これからの仕事は「いつでもどこでも誰とでも」プロジェクトが組まれるようになっていく。
MINDSの活動自体が、新しいプロジェクトベースになっていますね。
山本 まさにそうです。ディスカッションのテーマは、「時間・場所に制約されない柔軟な働き方」「わくわく学び続けるマインドセット」「一生一社でない柔軟な所属の仕方」「一次元でない多次元的な評価軸」「多様な働き方のモチベーション」の5つ。
参加者同士のコミュニケーションには「Teams」を利用し、企業の壁を越えて自由な発言が行われています。
メールでは「お世話になります」「お疲れ様です」などといちいち送っているメンバーも、「Teams」ならそうした定型フレーズが一切なくなる。
ミレニアル世代はそもそもチャット世代なのに、社会人になってメールに引き戻されてコミュニケーションが非効率になっていると気づかされました。
「働き方を変える」フェーズから「働き方が社会を変える」時代へと、変遷していくのを見ていきたいですね。
石田 マイクロソフトがカルチャー変革を一気に推し進めたこの数年、いち従業員としては、評価軸の違いに戸惑うこともありました。
でも、新しい波がきても、その波が向かう方向が明確であれば、どんどん乗って遠くに行こうとチャレンジングになれた。
カルチャーづくりが日本の組織変革の軸になれば、社会はもっと面白くなると確信しています。
横石 働き方改革は、何かしらのツールの導入や残業削減などで語られがちですが、本質は違う。
日本マイクロソフトの取り組みによる変革がお手本となり、日本全体に広まるといいですね。
(編集:田村朋美、文:田中瑠子、写真:小池大介、デザイン:村木淳之介)
※このセッションは、日本マイクロソフトの協賛でお届けしています。